ポレンタ天国

ちょいデブおやじのダイエット奮闘記です(笑)

台湾・香港・韓国の日本語学習者数に関して国際交流基金・電通が共同で行った調査の質について

 先日、このような表を見ました。


http://yasashii-nihongo-tourism.com/wp-content/uploads/2016/12/survey-1024x594.png*1


 韓国の勤労世代はおよそ六人に一人の割合で日本語を学習しているとの推定を見て、そんな莫迦なと思ったのは私だけではないでしょう。「3人集まれば70~80%の確率で1人は日本語を話せる人がいるという結果も出ています」*2と述べていますが、これも日本国内で外国人観光客を見るにつけ、実感に乏しいのでは。


 当該ウェッブ・ページに一般公開用資料が貼付してありましたから、調査方法を見てみました。それによると、手法は「現地調査会社が保有するパネルによる、Webアンケート」*3で、回収サンプル数は千件だそうです。*4で、「割付は対象地域の性年齢別の人口比率と分析に充分な回収数を考慮し、全体サンプル数1000件を10または5の単位で割り当て。(15歳-24歳は18-24歳に按分)」*5と。


 この調査は「無作為抽出法」で標本を選んでいないようです。この点については、こちらをご高覧ください。

「無作為抽出」=「でたらめ」ではない
では、単に「でたらめ」に調査対象を選んだ場合には、どんな問題があるのでしょうか。


ここで一つの事例を考えてみましょう。ある町で、住民を対象に標本調査を行うとします。「でたらめ」に調査対象を選ぶために、簡単な方法として、その町の一番大きな駅の前に立って、通行する人に誰でもかまわず無作為に(でたらめに)声をかけて、調査してみたとしましょう。


この方法は、無作為抽出法となっているでしょうか。


この方法は、次のような理由から、これは無作為抽出法となりません。


駅前を歩いている人は、町の住民すべてを代表しているとは限りません。住民の中には、その駅を使わない人もいるでしょう。また、調査をしている時間帯に、住民すべてが駅前を歩いているわけではないので、ほかの時間帯にしか出歩かない人は調査されません。さらに、忙しい人は、呼びかけても立ち止まって調査に協力してくれないかも知れませんので、立ち止まって協力してくれる人は、時間に余裕のある人だけかも知れません。


つまり、この方法で調査に回答してくれる人たちは、その町の住民全体の中から選ばれたというよりは、むしろ、その町の住民のうちで、その駅を利用する人で、かつ、調査の時間帯に駅前を歩いていて、さらに、立ち止まって答えてくれた人、ということになります。したがって、調査に協力してくれる人は、町の住民の中でも、上述のような特定の特徴を持った人たちと考えられます。そのような人たちが、その町の実態を反映した縮図になっているとは言えません。


したがって、このような方法で統計調査を行っても、その結果が何を意味するのか、わからないものとなってしまいます。 *6


 これをもってこれをみれば、今回の調査では、台湾・香港・韓国に在住している人のうち、インターネットを利用していて、かつ調査会社にすでに登録されていた人(?)という特徴を持った人たちが回答したと考えられます。


 ところで、この調査方法を見て、昨年に産経・FNN合同世論調査がちょっとした騒動を引き起こしたことを思い出したのは私ひとりではないはずです。安保法案反対デモに参加した人は全体の3.4%にすぎないと主張したかったようですが、それだと日本全体で三百四十万人もいる推計になってしまった「世論調査」です。今回の国際交流基金電通との共同調査も回収サンプル数がきっちり千人となっていることからすると、同じ問題をはらんでいるように思われます。どんな問題かは以下の通りです。

また、産経新聞世論調査を見てみると、どうやら電話をかけて回答してくれた人がちょうど1,000人になるまで聞いているようだ。ということは、回答してくれた人が1,000人になった時点で調査を打ち切っている可能性が高い。電話をかける回数はあらかじめコントロールできるのだけれども、かかった相手が回答してくれるかどうかは実際にやってみるまで分からないので、ちょうど1,000人が回答するタイミングをコントロールすることができない。例えば、朝から調査を始めてたまたま午後3時に1,000人になったとしたら、そこで調査が終わることになる。


もしそのようなやり方をしていたら、偏りが生じる。例えば、朝から仕事に出ていて、午後7時ぐらいに家に帰ってくるような人は、午後3時に調査を打ち切っていたとしたら、調査の対象にならない。すると、昼間留守にするような人のデータがとれなくなり、偏った結果となってしまう。それこそ、安保法案反対集会に出ていて留守だったらどうするのだろうか。


真っ当な世論調査だと、調査対象になった人が留守の場合、何度も電話をかけなおす。例えば、午前10時に電話をかけて、対象者がいなかったとしよう。そうしたら時間を改めて同じ人にかけなおすのだ。朝日新聞なんかは以下に引用したように何度も電話をかけて、偏りがなくなるようにしている。*7


 というわけで、今回発表された調査の標本は、1)インターネットを利用できる 2)現地調査会社が保有している 3)調査開始後早めに回答できた 人たち、だと言えるでしょうから、標本に偏りがありそうです。もしそうであるならば、標本誤差を考慮して母集団を推計したところで、精度の高い推定とは言えないのではないでしょうか。「12月20日に発表した国際交流基金電通共同台湾・香港・韓国日本語学習者調査は、日本語教育関係者から驚きの目で見られているようです。」*8はい、たしかに驚きました。


 かねがね統計学を勉強したいと願いながらものんべんだらりと過ごす日々が続いておりました。それが、今回の発表を受けて、入門程度の知識を得ることができました。関係各位に感謝の念を述べたいと思います。これを契機に学習を継続できるとよいのですが。



ダメな統計学: 悲惨なほど完全なる手引書

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pluit-lapidibus.hatenablog.com
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*1:吉開章(2016)「台湾・香港・韓国の日本語学習者は推定800万人規模(国際交流基金電通共同調査発表)」『やさしい日本語ツーリズム研究会』(2016年12月23日閲覧) http://yasashii-nihongo-tourism.com/2016/12/20/275

*2:ibid.

*3:株式会社電通「20161220台湾香港韓国日本語学習者調査_一般公開用.pdf」(2016年12月23日閲覧) https://drive.google.com/file/d/0B_YYwiD-_l6lblRNVElULUpwS28/view

*4:ibid.

*5:ibid.

*6:総務省統計局(2010)「標本調査とは?:調査のしくみと設計」『統計学習の指導のために(先生向け)』 http://www.stat.go.jp/teacher/c2hyohon.htm

*7:西原史暁(2015)「産経・FNN世論調査の安保法案反対集会参加を問う質問に表れた世論調査の質」『Colorless Green Ideas』(2016年12月23日閲覧) http://id.fnshr.info/2015/10/25/sankei/

*8:吉開章(2016)「国際交流基金電通の共同日本語学習者調査結果の読み方補足。」『やさしい日本語ツーリズム研究会』(2016年12月23日閲覧) http://yasashii-nihongo-tourism.com/2016/12/22/290

じゃあ、どうするか(日本語教師の待遇はよくならない②)

こちらのつづきです。
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 小学校に上がる前後の頃だと思いますが、水泳を習う講座に通わされました。同じく通う子供に暴言を吐かれたのだと思います。私はサウナで講師陣に被害を訴えました。講師陣は私の訴えを真剣に取り上げることはなく、ただ、やられたらやり返す気概を持たなければならないと諭すだけでした。当時の私は憮然としてその場を去ったことがよほど悔しかったのでしょう、今でもこうして覚えています。

 ただし、これ、講師陣の対応を不満に思った当時の私がたぶん間違っています。私領域に属することがらですから、まず私が当事者間で解決を図るべきでした。顧客の間で何か揉めごとがあった場合は講師陣が仲裁に入ることとする、といった契約事項があれば話は別でしたろうが。


 先日、岡本薫『著作権:それホント?』(発明推進協会)を読みました。

著作権―それホント?

著作権―それホント?

1)私的利用のための複製は著作権の例外として認められているため、美術館や書店が写真撮影を禁止することは著作者の著作権とは無関係。
2)「映画館での盗撮はすべて犯罪」は嘘。
3)研究目的で論文などを無許諾で複製したり、ウェッブ上の著作物を印刷したりすることはすべて違法。
4)翻訳だけでなく要約も二次的著作物に該当し、著作者は無断で作成・利用されない権利を有している。
5)パブリック・ヴューイングは非営利・無料であっても放送局の著作隣接権を侵害している。
6)図書館からの本の無料貸し出しについて、図書館等が著者に補償金を払う制度が欧州で拡大している。
などは知らない人が多そうです。

 そんなことをいちいち覚えていられないのはもっとも至極でありまして、著作権侵害かもしれないと思える感覚を養うことが肝要だ、と著者は書いています。借地借家法を知らなくても不動産屋さんで賃貸契約を結べるのと同じです。おかしいと思ったら、文化庁のウェッブ・サイト「著作権なるほど質問箱」が役に立ちそうです。
著作権なるほど質問箱

 『世間さまが許さない!』(ちくま新書)で見られた著者の主張はここでも繰り返されています。
1)契約の不備が法律のせいにされる。
2)利害対立がある場合に交渉して合意した結果が契約なのだから、すべての契約当事者が契約内容に不満をもつのが普通の状態である。
3)それなのに自分の思想や利害を絶対視して、自分にとっての不満を不公正だと考える。
4)それは価値相対主義に基づく相対化ができずにルールを善悪やモラルと混同しているからである。
5)そのため、利害の対立する相手を悪呼ばわりし、自分は弱者と表現する人が非常に多い。*1
6)契約マインドがないから、私的自治の領域にある問題を法律ルールづくりで解決したがる。すなわち、自ら努力したくないというだけの理由で、行政に水戸黄門を期待する。


 よく言われることですが、米国民は行政に頼らず常に裁判で問題を解決しようとします。司法制度が迅速な裁判を受けられるものであることも背景にあります。その結果として、裁判を回避するために民間の契約・合意システムが発達しました。権利者が黙っていたら何も起こりません。海外で海賊版が蔓延っているのなら、裁判を起こすしかないのです。ひとりで裁判をするのが無理なら団結するしかありません。著作権に関して映画会社や無線放送業者が例外的に優遇されているのは、その政治力あればこそ。


 とまあ、ここまで書けば賢明なる3人の読者の皆さま(非制限用法)にはおわかりでしょう。日本国の仮想空間では、「労働基準監督署は何をやっているんだ」などという水戸黄門視聴者の怨嗟がよく聞こえてまいります。しかしながら、権利は自ら行使するものです。
1)雇用契約を交わす前に職務内容を明確にしておく。
2)社内に労働組合がない場合は地域合同労組に相談する。
3)労働局や労働委員会に相談する。
4)それでも埒が明かないときは労働裁判を起こす。

労働法入門 (岩波新書)

労働法入門 (岩波新書)

 まずは逃げろ、と言われることもあります。それも手段の一つです。ただ、業界全体の労働環境が改善することを願っておきながら、「逃散」するのは、ずいぶん迂遠な道じゃありませんかね。
eulabourlaw.cocolog-nifty.com

 あと、現在なりかつてなりの勤務先の実態を告発するウェッブ・サイトがありますけど、あれで何か変わるのでしょうか。改善するどころか、いちど覘いたときの印象ですと、内容から容易に個人を特定できそうでしたから、勤務先の経営者から守秘義務違反に問われるかもしれません。ウェッブ・サイトの管理者は匿名制で登録制だから安心などとおっしゃっていたように思いますが、そんなもん「捨てアカ」でいくらでも閲覧できますしね。*2


pluit-lapidibus.hatenablog.com
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*1:www.jiji.com

*2:本論と特に関係ありませんけど、このかたは、くれぐれも内密にと言われたことをご自身のウェッブログで全世界に公開してらっしゃいますよね。

11月に読んだ本

町田和彦・編『華麗なるインド系文字』(白水社)

華麗なるインド系文字

華麗なるインド系文字

ウィキペディアを眺めていると、「සිංහල」や「မြန်မာဘာသာ」といったかわいらしい文字に出くわすことがあって、何語かしらと思っていました。本書では、ブラーフミー、梵字デーヴァナーガリー、グルムキー、グジャラーティー、ベンガル、オリヤー、シンハラ、チベットビルマ、ラオ、タイ、クメール、テルグ、カンナダ、マラヤーラム、タミルの各文字が対比一覧リストに並べられています。それ等を眺め、書き順を覚え、文字の豆知識を得る、楽しい本でした。教養とは一人で暇つぶしのできる能力のことである、と言ったのは中島らもでしたが、老後の趣味によさそうです。大学に在籍時、マラヤーナム語の授業が開講されていまして、なんとなく、北米少数民族の言語だろうと誤った推測をしておりました。



細川英雄『増補改訂 研究計画書デザイン』(東京書籍)

増補改訂 研究計画書デザイン 大学院入試から修士論文完成まで

増補改訂 研究計画書デザイン 大学院入試から修士論文完成まで

 序文によると、増補部分はもっぱら「この本の読み方・使い方」とコラムのようです。まあ、これが、本書の旧版を読んだことでいかに人生が変わったか、みたいな礼賛ばかりでして……。生活・仕事と「研究」を統合しようぜ、と言われましても、大学を卒業していれば当然のことなのでは? 皆さん毎日せっせとPDCAサイクルを回しておいでですけれど、あれなどは、大学でいえば、仮説→実験(調査)→考察でしょう。大学の学問は役に立たなかった、と公言する人に私は出会ったことがありませんが*1、もしそういうかたがいらしたら、本書は役に立つと思います。「そもそも」にまでさかのぼって解説してありますから。私は応用技術より根本原理を教えてくれる本のほうが好きですけど、この本はちょっと自分に合いませんでした。

*1:私自身は大学で学んだことが役に立っているとはいえ、研究というものに向いていないこともまた確かなのがつらい。

10月に読んだ本

フェデリコ・ガルシーア・ロルカ『血の婚礼』(未來社)

血の婚礼 (てすぴす双書 49)

血の婚礼 (てすぴす双書 49)

 一般に入手しやすいのは岩波文庫版です。あまりおもしろくなかったです。激情と官能、みたいなありふれた修辞ですませられる程度の作品としか思えませんでした。冒頭から予兆に満ち満ちているのも、古典劇じゃあるまいに、もう二十世紀だったんだぜ、と言いたくなります。じっさいに観劇したらまたちがった感想を持ったのかもわかりませんが。
 文学はある時代の意識や規範の保存装置でもあるわけで、他国の人間が想像するスペイン人を絵に描いたような類型化がされている点ではおもしろかったと言えます。翻訳者が解説で嘆いているのは、日本国に「民衆のための劇」は数あれど「民衆の劇」が根づかないのはどうしてだろうねえ、ということです。そりゃ、「演劇」は西洋から輸入されたもんだからだろう、と言いたくなりますけれど、輸入されてのちに定着したものもたくさんありますね。当時の大学進学率を見れば、知識人と一般大衆の差は今よりずっと大きかったのは一目瞭然ですが、こうしてあらためて文章として読むと新鮮でした。


フェデリコ・ガルシーア・ロルカ『ベルナルダ・アルバの家』(未來社)

ベルナルダ・アルバの家 (てすぴす双書 42)

ベルナルダ・アルバの家 (てすぴす双書 42)

 『血の婚礼』より楽しめました。フェデリコ・デ=ロベルトの「ロザリオ」をなんとはなしに思い出す発端がよいです。今でいう「認知症」に該当しそうな祖母が出てきます。たぶん「おぞましい」雰囲気を出すために登場するのだと思いますが、女が女を抑圧するけど、抑圧する女もまた社会に抑圧されており、みたいな構図もまた、今となってはありふれていますね。戯曲は舞台を観るのがいちばん、なのでしょう。興津要の本だけで落語を楽し婿とが難しいのと同じ。文学はその時代の規範を保存する装置でもあるわけで、こういう社会だったんでしょうか。

海外日本語教師になる前に〈シリーズ大きな主語②〉

※伝聞した程度のことをエラソーニ*1語ります。

 もう若くない人が、若者は○○語を勉強して○○で働いたほうがいい、などと無責任なことを助言することがあります。(○○に入る国名はいくつかパターンがあります)なぜ無責任かと言うと、そういう国の査証の制度が変わって外国人の就労がしだいに厳しくなっていると報じられる例があるからです。中流の暮らしを勝ち取るためにはどんだけ成功しなきゃいけないんだよと不安になる国もあります。現地在住で、こっちにおいでよと呼びかける人たちはしばしば、同朋を誘うことが生計手段になっています。

 そう勧めたくなる気持ちもわかるんですよ。そりゃ私もこの国の行く末に楽観していません。町田康は二十年前に、「近々滅亡すると思われるこの国で」といったようなことをすでに書いています。それを読んだときは、なんと荒唐無稽な、と思ったものですが、今はその頃より現実的に感じられます。

 ですがね。アジア諸国で現地採用された場合、しかも最もなりやすい日本語教師になったと仮定すると、*2月にもらえる賃銀はせいぜい6~12万円程度です。*3現地の物価は日本より安いから問題ない、と考えるかもしれません。たしかに暮らせます。日本国で何も払わなくてよいならば。

 アジア諸国は日本国より社会保障が貧弱です。現地で健康保険に入れない人は、歯医者にいちどかかっただけで1万円払うことになる国もあります。年金制度も日本で加入しつづけたほうがマシな国ばかりです。*4国民年金だけでは老後に月6万円前後ですから国民年金基金もとなったら、毎月いくら除けなければならないでしょうか。それだけですめばまだしも、奨学金の返済も抱えていたら……。

 実際には除籍すれば国民年金国民健康保険は支払い義務を免除されますし、奨学金も返済の繰り延べができますが、それは「破綻」を先延ばしにしているだけです。日本国の将来に悲観するのももっともな話です。しかし、衰退するのはともかく一気に崩壊するとはちょっと考えづらいものです。海外は労働環境の快適さが何よりも代えがたい美点だという人もいて、それはその通りだと思います。経済的な懸念がなく、かつ幸運にもそうした職場で働けるのであれば*5何も言うことはありません。

 安易に東南アジアに移住してしまった若者が困窮しているとかいう研究のことを聞いた気がするのに、見つけ出せませんでした。ひきつづき探したいと思います。


日本を降りる若者たち (講談社現代新書)

日本を降りる若者たち (講談社現代新書)


うんうんとうなずきながら拝読しました。
lavandin.hateblo.jp


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*1:1382-1436 フィレンツェ人文主義者。対話の際にいつも自分の学識の高さを誇ったため、大いに嫌われたという。

*2:西欧、北米は日本語教師ですら難しい、いわんや他の職種においてをや、という話も。

*3:営業、技術者、経理、管理者等の経験者はこの倍以上になることが多いです。

*4:アジアの公的年金制度から、開発途上国の老人人口急増問題を考える | 拓殖大学 朝日新聞グローブ (GLOBE)|結婚、アジアの選択 Marriage Pressure in East Asia -- 韓国、「家同士」の結びつき

*5:どちらの意見も聞くんですよねえ。この世の天国みたいだと喜んでいる人もいれば、経営者が人倫に悖るふるまいをしたから逃げ出した人もいます

オンラインで自宅学習

 大学受験と言えば、二十世紀末は予備校が駅前のビルを一棟丸ごと使って、その大教室に浪人生がすし詰め、といった印象がありましたが、二十一世紀になりますと、学習塾が雑居ビルのひとつの階を借りたところで現役高校生が専業講師の映像授業を受講ないし大学生の時間給講師に個別指導*1を受ける、が主流になった感がありました。そして二千十年代には、各人が自宅に配信される映像授業を視聴する形式が、有料無料を問わず隆盛しているように思われます。

 ところが、無料で配信していた団体が運営を終了することを告知していました。あんなに華々しく登場したのに。その理由について考察してらっしゃる方がいました。
genuinestudy.seesaa.net
genuinestudy.seesaa.net
真偽のほどは知りませんが、さもありなんとは思います。

 それで、日本語教育の世界でも類似の団体がありますよね。理念も似ています。*2受験産業のほうでは、自宅でのオンライン学習をしかけている勢力が有料無料とも苦戦していると見えるだけに*3日本語教育のほうで成功するのかどうか、気にならなくもないです。学校教育のほうじゃ、アクティブ・ラーニングが支配的ですけど、これとの関係もどうなんでしょうね。*4

 自宅でオンライン学習は難しかろうと思います。根拠は自分の霊感にすぎませんが。何もオンラインでなくとも、昔から通信教育というものがあります。この手の学習は、私同様ぼうっとした人間にはとかく継続が難しいものです。私のささやかな楽しみは、東京外国語大学言語モジュールと大阪大学高度外国語高教育独習コンテンツで外国語を自習することです。けれども。これがなかなか。だらだら続けて三周した言語もあります。それでもやはり初級が完了した気にはなれません。学習塾と予備校のいいところとして、たとえ無理やりであっても規則的に授業を受けなければならない点が挙げられます。しかも確認テストのようなものをさせられて、習得度が測りやすい。

 対面か映像越しかの違いはあれど、教室に通って学習する形態はこれからもまだ必要とされるはずです。


*1:と言いつつ実態は講師一に対し生徒二、もしくは一対三

*2:草創期に講師として出演されていた方が現在は大学を卒業しているらしき点も。関係ないですが、その方は大手広告代理店にお勤めである様子で、なんと申しますか、いかにも、な。

*3:上のウェッブログの方は講師の質が低いとの非難に抗議しておられますが、既存の大手予備校との質の差は否みがたいと思います。これは有料の側も同様で、いわゆる三大予備校のトップ講師が移籍していないことは象徴的に思えます。

*4:直接の関係はないものの、こんなニュースはありました。 スタディサプリ×埼玉県教委、教員向けアクティブラーニング教材開発 | ニュースまとめ「ニュービー」

外国人技能実習生を受け入れる企業の問題点

問題を起こす企業は、過疎地の零細企業である。法違反を摘発し勧告を求めれば企業はほとんどが倒産する。*1

倒産した事業主は新たな受け入れ先を探す必要があると、厚生労働省は明記しています。*2けれども、そう簡単に次の受け入れ先が見つかっていないらしきことは、上の報告書からうかがえます。


上のレポートも本書も旧制度下の話です。

「研修生」という名の奴隷労働―外国人労働者問題とこれからの日本

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