ポレンタ天国

ちょいデブおやじのダイエット奮闘記です(笑)

5月後半に読んだ本

飽食終日 宴会奇譚

飽食終日 宴会奇譚

いつも食物談義。太湖の船上レストランに行ってみたいものです。


帰郷者 (中公文庫)

帰郷者 (中公文庫)

かつて「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」とうたった人が『日本への回帰』を果たして『帰郷者』となり、日本SUGEEEEEE!論者に……。なんでこんな無残なことになってしまったんでしょうか。柳宗悦は民藝のすばらしさを主張するときに、循環論法に陥っています。みずから民藝に「用の美」を込めておきながら、民藝から「用の美」を引き出す。朔太郎の日本SUGEEEEEE!論もまた循環論法であって、“日本文化はどうしてすばらしいのか。なぜなら日本は特殊な国だからだ”と述べているにすぎません。

実際、戦争中は日本でも、文学者はひとり残らず、佐藤春夫萩原朔太郎室生犀星三好達治といったもとロマン派の作家たちまでが、時勢に迎合して軍国主義謳歌の作品を書いている。これらの連中を私は心から軽蔑し、憎んでおります。著書も一冊残らず売り払い、その後はもう一度読んでみたいという気もおこりません。((生田耕作「昭和から平成へ」(『屋上庭園』所収、エディション・イレーヌ)))

私は石川達三山本周五郎まで糾弾できるほど立派な人間ではありませんが。


エウラリア 鏡の迷宮

エウラリア 鏡の迷宮

1980年代の日本では幻想文学が流行したそうですから、その流れに乗って出版されたのでしょうか。絵になるような諸短篇ですが、この「絵になる」というやつがくせものでして、要するに、どこかで目にしたような舞台背景のもと、どこかで耳にしたような筋書を読まされて退屈でした。思わせぶりだけど何もなくて、なんだか安っぽい気がします。原因だとか結論だとかを投げっぱなしジャーマンスープレックスにするのも80年代っぽい。


ラーナーズ・ハイ(learner's high)が得られました。江戸時代の学者が偽書をこしらえたのは自己の主張をいにしえの文献に託すためだったそうです。現在でも自分の主張を補強するためにSNSでデマを飛ばす人がいますね。序で紹介される飯盛りに落魄した姫様がよいです。


ラードナー傑作短篇集 (福武文庫)

ラードナー傑作短篇集 (福武文庫)

1920年代に活躍した作家です。恥ずかしながら古書店で見つけるまで知りませんでした。Project Gutenbergでもっと読んでみたくなりました。かつては日本でも有名だったのか。


シェイクスピア全集25 ジュリアス・シーザー (ちくま文庫)

シェイクスピア全集25 ジュリアス・シーザー (ちくま文庫)

タヴィアーニ兄弟の『塀の中のジュリアス』がおもしろかったので拙宅に増えた本です。蜷川幸雄の没後、松岡和子が訳すシェイクスピアは誰が舞台にかけるのでしょうか。


文学部唯野教授のサブ・テキスト (文春文庫)

文学部唯野教授のサブ・テキスト (文春文庫)

私は単行本で読みました。80年代の残り香がしました。今となっては気恥ずかしさをともなう作品です。


これもおなじようなものですね。「政治の季節」であれば、スキヤポデスやら羊のなる木やらの話も有意義だったことでしょう。子供のころの私はおおいに影響されたものですが、ちょっといまさら読めたもんじゃないですね。渠のような博覧強記が売りの人が、長命で、21世紀の情報社会の時代まで生きていたら、どんな扱いを受けたでしょうか。