ポレンタ天国

ちょいデブおやじのダイエット奮闘記です(笑)

墨守

 私の知り合いに日本語教師がいます。その人の母語は日本語ではありません。大学で日本語を勉強し、日本国出身者が設立した語学学校に就職しました。勤めはじめてからまず、何をさせられたかというと、「教案」(学習指導案のこと)づくりだそうです。なにぶん初めての経験ですから、右も左もわからぬまま、とにかく、その教案とやらをつくります。上長に見せると膨大な数の修正を求められます。そして修正したものをまた見せます。つくっては見せ、見せては直し、直しては見せ、をひたすら繰り返したのだとか。

 不思議なのは、上長は完成形として自分の教案を持っており、それと照らし合わせながら、不足や錯誤を指摘することです。その完成形を複製して渡せば済む話じゃなかろうか、と私などは思います。この知り合いの日本語運用能力はかなり高いのですが、それでも母語話者並とまではいきません。ですから、上長の指導を十全に理解しているとはいいがたく、私に何度か質問してきました。いっしょに教案を見ても、どうも聞き流していると思われる個所があります。こんなことをしていては、どの教師にあたるかによって、授業内容に差が出ます。誰が担当しても同じ内容であるほうが、受講者にとってありがたいのではないかしらん。

 その語学学校がこうした方針をとるのは、ひょっとして、ひとつひとつ自分で書いた教案でないと人間の温かみが感じられないから、でしょうか。

 探し方が悪いのかもしれませんが、私と同じような見解をお持ちなのは、電網空間内でこのかただけでした。

新人教師は、教案作成に苦労する。

新人に教案作成なんかさせずに、「これを自分流のやり方で、授業したらいいからね」とだけ言って、先輩教師のよくできた教案を渡してやったら済むことじゃないかと思う。

まず、いい授業の真似をする。その後、自分独自のやり方をつくりあげていく。
守破離」である。
それでいいんじゃないかと思う。
新人に対して「守」を抜きにして、「破」を求めるのは無理ではないかとも思う。

なぜか、先生の世界はそれを否定する。
みんな、自分で教案をつくらなければ力になりませんと言う。

向山先生*1は言う。「“よく分かりませんが、とにかくやってみます”という医師に命をあずけることはない」。
ところが、技術なり方法なりを持たない教師に、とにかくやってみなさいというのが教育の世界だという。

中国に絵葉書はない from 大阪 JAPAN | 教育技術を共有せよ 〜 向山洋一先生はそう言った

 活躍している人や活躍できていない他者をさして、「あの人にはセンスがある/ないから」で片づけたがる人がいます。その人が技術の教え方を研究すれば全体の水準を押し上げることができるだろうに、と思うんですけどね。

 このかたのこちらの意見も賛成です。

それに、こんだけ副教材のコピーが多いというのは、教育が要するに「詰め込み教育」になっているのだ。
たくさん教えたら、たくさんできるようになる。経験の浅い先生は結構こう考えて、やたら宿題を出したり、プリントをいっぱい作ったりするする。これ塾での経験。
わたしは、10のことを教えるのに10の知識を与えるより、1つのことを教えて、それを10の知識として活用できるような授業をしたいと思う。宿題だって、授業でやったことの確認・定着以上の内容は不要だろうと思う。
経験の浅い先生は、易から難へと配列されているページの問題番号順に問題をやって、「残りは宿題です」なんてことをやる。
結果難しい問題が宿題として残される。
難しい問題をじっくり考えながら解くことに快楽を感じる優秀な生徒・学生ばかりのクラスならそれでもいいだろう。でも、そんな生徒・学生は絶滅危惧種としてレッドリスト入りさせてもいいくらいのごくごく少数派である。

中国に絵葉書はない from 大阪 JAPAN | テスト作成中 〜 授業は商品である

 もちろん経験が浅いことも原因でしょうが、たぶんご自身が勉強が苦手だったり、効率的な勉強法を知らないまま人に教える仕事に就いてしまったりもあるんじゃないかと思います。なにも日本語教師にかぎった話じゃなくて、学校教員や塾講師でもそういう人はいます。そんで、さしずめ兎跳び百回みたいな、およそ効果の薄い学習法を勧める人に出くわしたことも一度や二度ではありません。

 以前から問題であった保育士や介護士、運送業者の労働環境がようやく世間で大きく騒がれるようになりました。聞くところによると、日本国内の日本語教師も同じような状況であるようです。どんな業界であれ、職場の賃銀が低い場合に何が困るかというと、優秀な人がなかなか入ってこないことです。私の見聞きした狭い範囲では、どこもそうでした。これまた私の見聞きしたかぎりの話ではありますが、他人からうらやましがられるような難関大学を卒業した人と、とくにうらやましがられることのない学力だった人とでは、やはり仕事の質に差があります。そんなこんなで、上に書いたような事態がいろいろと。困ったことに、いい年こいて、周りが莫迦にみえてしかたない病に罹患したままの人、というのが世の中にはけっこういて、この手の人がSNSを痰壺がわりにしているのもよく目にする光景です。私の記事もまたそのひとつ。自戒を込めて。

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*1:向山洋一。この方を師と仰ぐ団体TOSSは以下の点から近年注目されつつあります。 gallerytondemo.blog.shinobi.jp