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ポレンタ天国

ちょいデブおやじのダイエット奮闘記です(笑)

日本語教師の待遇はよくならない

続きも書きました。
pluit-lapidibus.hatenablog.com

日本語教師の給料は低い」「日本語教師は食べていけない」「日本語教師は職業ではない。生き方だ」といった言説*1に関して、ジョセフ・ヒース『資本主義が嫌いな人のための経済学』(NTT出版)*2の「第10章 同一賃金」から連想したことを書きます。とはいえ、私は経済学についてずぶの素人です。自分の頭で考えることが害悪にしかならないおそれはじゅうぶんにあります。できればお詳しいかたにご教示願いたいものです。自分でもさらに勉強して修正を期します。

 なお、ここで取り上げる日本語教師は日本国内の日本語学校で働く専任・非常勤講師に限定します。


1.供給過剰

特定の職業では生計を立てられないという単なる事実は、それしか給料がもらえないのは不公平だということを意味しない。「社会」がその職業に就くよう要求していない、ということではないだろうか。あまりに多くの人がもうしている仕事だから。(上掲書266頁)

 webjapanese.comの見立てでは、日本語教師の需給バランスは2003年に崩れて、供給過多になっています。*3日本語学校で日本語を教えようと思ったら、
1)大学・大学院で日本語教育を専攻している
2)日本語教育能力検定試験に合格している
3)420時間の日本語教師養成講座を修了している
のどれかを要求されるのが常です。
日本語教育能力検定試験には毎年1000人以上が合格しています。高等教育機関と養成講座からは毎年8600人程度の有資格者が生まれています。それに対して、採用者は毎年500人前後と推定されています。*4

ね、上に引用したとおりでしょ。


2.日本語教師はサービスの価値に比べて給料をもらいすぎている

 日本語学校が開講する養成講座に通うと国公立大学の1年間の学費と同じくらいの費用が必要なのに、そりゃないよと言いたくなる人がいるかもわかりません。ですが、人によっては高いと感じられる学費にも、高い理由があります。

国全体がより豊かになると、サービスが製品と比べて高価になるのは先進経済の一般的特徴である。基本となる理由は、生産性の成長でサービス部門は製造部門に遅れをとっていることだ。(上掲書268頁)

 ヒースの出した例にしたがいますと、まず、ガスレンジを生産する技術が過去数十年間どれほど(爆発的に)向上したかを想像してみてください。つぎに、各家庭を巡回してガスレンジを修理する人の生み出す価値を。過去数十年間で修理技術はたいして変わっていませんから、生み出す価値もさほど増大していないはずです。製造者と修理人の賃金差を放置しておくと、修理人は雪崩をうって製造者へ転職してしまいます。修理工の人員を確保するために、賃金を引き上げざるをえません。その結果、修理サービスの単価が上昇します。

 このようなしだいで、日本語教師養成講座だけでなく日本語学校も、開発途上国と比べて学費が高くなるわけです。日本と開発途上国とで生産性に差があるゆえに。そして、日本語教師が安い賃金で働いているときでも、提供しているサービスの価値と比べればもらいすぎなのです。

生み出す価値に給料を払うならば、メイドを雇う費用は十九世紀からあまり変わっていないはずだ。しかしメイドに払う賃金が十九世紀のままでは、誰もメイドをしようとはしなくなる。そこで、この仕事を選んでやる人材が確保されるまで、賃金が上昇した。だが、賃金が上昇すると、自分で掃除するのではなく、他人を雇ってさせるメリットは低下した。(270・271頁)

 日本語教師の基本的な生産性もおそらく十九世紀からあまり上昇していません。「労働全般の生産性が高まるにつれ、提示すべき給与額も上がり、やがてわざわざ使用人を雇うまでもなくなるのだ。」(上掲書271頁)英会話学校に通わなくても英語ができるようになる人は多いです。英語を安く習得する手段も充実しています。日本語の場合も、富裕層でない留学生が日本国の日本語学校へ通えるのは、この過酷な労働条件あればこそ、ということになります。日本語教師が市場から締め出されるのを逃れる道は、交響楽団のように、贅沢な消費の対象になることです。それで、日本語教師も付加価値をつけろと言われるのですが……。*5


3.そもそも付加価値をつけても利益が増える仕組みになっていない。

 図書館司書の労働環境は悲惨なことになっています。かなり専門性の高い仕事ではありますが、賃金は生み出すものの価値に左右されません。上で見たように、この百年間生産性がほとんど増えていませんので、もし生産性によって賃金が決まったら、図書館司書はもっと困窮していたでしょう。よくよく考えてみれば、図書館のほとんどすべては営利目的じゃありません。ですから、個々の司書がいくら自分の付加価値を高めたところで、図書館の売り上げは増えません。何も売っていないんですから。

 保育園と介護施設も同じです。福祉施設ゆえに収入額に上限があるので、利益を増やそうとしたら、人件費を下げるしかないようです。*6となりますと、保育士、介護士が自分の付加価値を増しても賃金はあがりません。

 日本語学校もおそらく似たような状況です。日本語学校の主たる収入源は留学生の学費だと思われます。その学費は2年コースで百数十万円と相場が決まっています。売り上げを伸ばすには、客数を増やすか客単価を上げるかですが、学生は一クラスに二十人までと規定されていますから、*7教師ひとり当たりの客数に限界があります。じゃあ、客単価を上げるかってんで、学費を300万円にしても、上で述べたように、留学生がその学校へ来なくなるのが落ちです。

 日本語教師も高度な専門性を求められるのになぜ、に対する答えもすでに書きました。そして、付加価値を高めても、効果は薄いでしょう。まったくない、とは言えません。職場を変えることで時給が数百円あがることもあるでしょう。けれども、年収三百万円から千万円超に増えることはありません。勤務先がいわゆる「ブラック企業」に該当する人は、労働法を遵守させることで処遇をいくらか改善することはできます。

労働法入門 (岩波新書)

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*1:二十世紀末から言われているそうです。 丸山敬介「『日本語教師は食べていけない』言説 : その起こりと定着」<<同志社女子大学大学院文学研究科紀要>>第15号、2015年 https://dwcla.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=893&item_no=1&page_id=13&block_id=21dwcla.repo.nii.ac.jp

*2:

資本主義が嫌いな人のための経済学

資本主義が嫌いな人のための経済学

*3:webjapanese.com

*4:webjapanese.com

*5:researchmap.jp

*6:www.komazaki.net kaigo-ranking.com

*7:法務省入庫機管理局「日本語教育機関の告示基準」、平成28年7月22日策定(pdf) http://www.moj.go.jp/content/001199295.pdf