ポレンタ天国

たぶん読んだ本・見た映画の記録が中心になります

8月に読んだ本

佐々木昭則『大学院入試小論文の書き方』第2版(法学書院)
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 感心しない本。大学院入試対策と銘打っている本がこれぐらいしかないからこれを買う人が多いんじゃないかと思いますが、これを買うより大学入試用の本を買うことをおすすめします(たとえば、今野雅方『考える力をつける論文教室』や岡田寿彦『論文って、どんなもんだい』等)。論理の力を味わってもらいたいなどと言っていますが、模範的とされる解答例があまり論理的ではありません。ど素人の私から見ても首をかしげてしまうものばかりです。特にアナログとデジタルについて完全に誤解していると思うのですが……。


霜田洋祐『歴史小説のレトリック:マンゾーニの〈語り〉』(京都大学学術出版会)
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 マンゾーニの『婚約者』(『いいなづけ』とも)は日本でまったくと言っていいほど読まれていませんし、本国イタリアでも教科書で読まされる退屈な作品(「山月記」は人気があるようですし、さしずめ「舞姫」でしょうか)なのに。ああそれなのに。いや、マンゾーニはすごいんですよ。なにがすごいってあなた、歴史小説と歴史そのままのあれやこれやが一昔前の司馬遼太郎から日本でいろいろありますが、マンゾーニは歴史小説の中から事実と仮構を区別せずにはおれなかったんですな。かつ、小説としては両者をなめらかにつながなければならない。で、霜田さんが現れるまで、その目印に気づいた人類は、(少なくとも研究史上)いなかった、と。


大橋崇行『言語と思想の言説(ディスクール):近代文学成立期における山田美妙とその周辺』(笠間書院)
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 中村光夫の『日本の近代小説』は刊行後半世紀たってもあいかわらず売れ続けています。新刊書店から日本文学史はほとんど姿を消してしまったので、いちばん買いやすいのがこれしかないという事情が大きいのだろうと思いますが、中村の語り口もいいんですよね。すっきり単純明快、日本文学が「(西洋と比べていびつな形とは言え)進化」してきたかのような。このような、日本の近代小説は知識人の自我や苦悩を描きながら発展してきたかのような文学史観に異を唱える本。「近代知」といってよいのかどうかわかりませんが、西洋の知識をどのように移植するかと文体とが実は密接な関係にあったようです。


セサル・アイラ『わたしの物語』(松籟社)
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 なんじゃこら、な本。私は「ネタばれ禁止」というのはしゃらくさい慣習だと思っていますが、この本はそうせざるを得ません。あまり深く考えずにお気楽に読めばいいのかもしれません。


アンソニー・グラフトン『テクストの擁護者たち:近代ヨーロッパにおける人文学の誕生』(勁草書房)
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 たぶん2018年に読んだ本でいちばん。近代の人文学/文献学の歴史を学者たちから辿る本(たとえば『物語 イタリアの歴史』が代表的な人物をとりあげながらイタリア史の概略を教える構成になっていますよね)。主張には根拠が必要で信頼できる典拠から正確に引用しなければならないということは今の高等教育では当たり前のことですが、大昔のひとびとは自分の主張を裏付けるために典拠を捏造していました(東アジアでも偽書がたくさん作られています)。その点でわれわれはポリツィアーノに多くを負っています。
 ルネサンス人文主義者たちがテクストをそのまま解釈するのが難しかった(寓意を読み取らずにおれなかった)というのも、なにがなし儒者が『詩経』から孔子の真意を読み取ろうとしていたのを思い起こさせました。
 カゾボン「五時起床。ああ寝坊してしまった!」


川口義一『もう教科書は怖くない!! 日本語教師のための初級文法・文型完全「文脈化」・「個人化」アイデアブック』第1巻(ココ出版)
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 著者とココ出版のご担当者におかれましては、第2巻をお出しいただけるとたいへんうれしく思います。
 そう、ことばは文字より音が先に生まれたわけで、現代の学習者にとっても大半の人はまず話せて聞けてなんぼなのではないかしらんということを改めて思い起こしました。そのためのいろいろな提案、実践例も書かれています。


中平希『ヴェネツィアの歴史:海と陸の共和国』(創元社)
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 類書が何冊も出ていますが、これがいちばん新しかったので。おかげで、古い知識を更新できました。海洋帝国の時代が終わっても、実は「日曜日の世紀」などではなく、あいかわらず農地からの収入で富強だったとか、そういうことどもです。創元社のこのシリーズは他の本も気になります。著者のお年ならきっかけはあの人かしらと思ったらやはりそうだった、イタリアニスタの間ではその名を口にしてはならぬ歴史小説家……。