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ポレンタ天国

ちょいデブおやじのダイエット奮闘記です(笑)

12月に読んだ本

 必要に迫られて、精神分析批評をちょっと齧ることにしました。若いころにも、川本晧嗣ほか編『文学の方法』(東京大学出版会)で批評の実践例を読んだことがあります。「なにいってだこいつ」以外の感想が浮かびませんでした。このたびは大浦康介・編『文学をいかに語るか:方法論とトポス』(新曜社)と、丹治愛『批評理論』(講談社選書メチエ)を繙きました。この三作で精神批評理論を解説しているのは、いづれも山田広昭です。『文学を~』のほうはやはり何が何やらわかりませんでした。『批評理論』のほうは、谷崎潤一郎の『夢の浮橋』をめぐってスリリングな読解が展開されます。『夢の浮橋』を読みたくなりました。とはいえ、これは精神分析批評よりナラトロジーの読みとしておもしろかった。最後のとってつけたような精神分析的な読みは余計でしょう。

 メモを取らなかったので、うろ覚えで書きますと、『文学の方法』では、「ムッシュー・テストと劇場で」で、劇場の柱がファロスの象徴としてだかなんだか、そんな分析だったように思います。

 医学の分野で精神分析はほとんど顧みられないようです。文学研究でいまだにありがたがっている人も少ないのかもしれない。教科書風の本の解説者が同じ人なのもまたそうした事情ゆえでしょうか。イタロ・ズヴェーヴォの『ゼーノ氏の意識』みたく、作品自体が精神分析の影響下にあるなら、それなりに意義深いものになりそうです。

文学の方法

文学の方法

文学をいかに語るか―方法論とトポス

文学をいかに語るか―方法論とトポス

知の教科書 批評理論 (講談社選書メチエ)

知の教科書 批評理論 (講談社選書メチエ)


pluit-lapidibus.hatenablog.com


ダン・レメニイ『社会科学系大学院生のための研究の進め方:修士・博士論文を書くまえに』(同文館出版)

社会科学系大学院生のための研究の進め方―修士・博士論文を書くまえに

社会科学系大学院生のための研究の進め方―修士・博士論文を書くまえに

 11月にななめ読みした本です。これまで私にはアンケート調査の意義がまったくわかりませんでした。これを読むと、経営学の世界ではごくごく一般的な手法であると知れてよかったです。文化の違いですな。働きながら経営学修士号の取得を目指しているけれど、研究方法なんて大学を出てずいぶんになる今となってはとうに忘れている、といった方には役立ちそうです。


日暮聖『近世考:西鶴近松芭蕉・秋成』(影書房)

近世考―西鶴・近松・芭蕉・秋成

近世考―西鶴・近松・芭蕉・秋成

 激やば。興奮しました。江戸や上方に貨幣経済社会が到来した、という視点で読み解くと近世文藝がするする解釈できてしましまいます。本書の存在を知るきっかけは『屋上庭園』(エディション・イレーヌ)所収の書評でした。その点では感謝しておりますが、失礼を承知で言えば、あの書評はちょっとうがち読みにすぎるでしょうね。西鶴近松のいた上方は爛熟退廃というより発展期でしょうし、諸論考の〈眼〉は江戸から隠遁した芭蕉にあるでしょうし。

 近松の『心中宵庚申』は従来、作劇法に難があるとされてきました。ところが、貨幣経済社会が成立したことを背景にすえてみると、見事な筋運びの作品に変貌するんです。なんとアクロバティックな。著者は触れていませんけど、『心中天網島』にもこの視点を掛け合わせてみると、どうなるのでしょうね。


山内博之『OPIの考え方に基づいた日本語教授法』(ひつじ書房)

 編集者の奮起を期待したいものです。まず悪文を何とかしてください。つぎに、根拠をはっきりと示してください。「~ではないかと思われます」が多すぎます。学生のレポートなら不可をくらいますよ。随所にさしはさまれるコラムが読者の知的水準を低く想定しているのも気になりました。内容を圧縮してもっと低価格で販売すべき本だと思います。

 インフォメーション・ギャップをとりいれたり場面依存型のシラバスを導入したりすることに異存はないけれど、それをどうやって体系化するかが肝腎でしょうに、そこがするりと抜け落ちているのも、ね。その点は『まるごと 日本のことばと文化』が具現化していると言えなくないかもしれない。


廣末保『心中天の網島』(岩波書店)

心中天の網島 (古典を読む 3)

心中天の網島 (古典を読む 3)

 私はこの「古典を読む」第3巻で読みましたが、現在入手しやすいのは「広末保著作集」版(影書房)です。
心中天の網島 (広末保著作集)

心中天の網島 (広末保著作集)

 台本を1行1行丹念に読んでいく著者の力量に驚嘆しないわけにはまいりませんが、けっきょくこの戯曲が現代人たるわたくしには難解であることにはかわりませんでした。初演以来再演されなかったのを半世紀近くたって近松半二が改作、さらに歌舞伎になって命脈を保っているわけですから、当時の人にとっても理解がむずかしかったのかもわかりません。そうやすやすと心中させない門左衛門。貨幣経済社会の到来を横軸に解釈できないものかとも、持ち前の悪い頭で考えてみましたが、むりでした。


亀井秀雄「『坊っちやん』:『おれ』の位置・『おれ』への欲望」(『主体と文体の歴史』所収、ひつじ書房)

 著者の「『草枕』」を國文學編集部『知っ得夏目漱石の全小説を読む』(学燈社)で読んで、そのキモさ(ほめことば)に驚愕しました。(『主体と文体の歴史』にも収録されています。)ちょうどNHK-FMの朗読の時間が夏目漱石の『坊っちゃん』でしたから、ふと思いだして『知っ得』を読み返してみると、亀井先生が『坊っちゃん』についての論考も遺しておられることを知って読んだ次第です。『坊っちゃん』を朗読で一気に聞いてみれば、主人公にどうも江戸っ子っぽくない部分があります。人からされた仕打ちをいつまでも根に持っている点などが。それはなぜかと言いますと、あとは亀井先生のご賢察をぜひご覧ください。あいかわらずのキモさ(ほめことば)でした。


«悲劇喜劇»2017年1月号(早川書房)

悲劇喜劇 2017年 01 月号

悲劇喜劇 2017年 01 月号

古今亭志ん輔のウェッブログをひところ熱心に読んでおりまして、そのころを思い出しました。志ん輔師匠の文章は昔も今もたいへん魅力的です。


中村捷・編『人文科学ハンドブック:スキルと方法』(東北大学出版会)

人文科学ハンドブック―スキルと作法

人文科学ハンドブック―スキルと作法

 たぶん高校生を対象に、文学部の研究をさらりと紹介した本です。日本の高校生は、大学で何をするか深く考える機会を持たないままに志望大学、学部学科を決める例がままあるようです。周囲の成人に相談しても頓珍漢な助言しか受けられないことも多いでしょう。こういう本を読んでおけば選択に後悔する人が減るかもしれませんね。

 野家啓一が、人文科学も役に立つとか、人文科学は心を鍛えるとか、書いていて、へえこんな凡庸なことをいう人だったのかと……。沼崎一郎は、とにもかくにも誰でもいいから大学の教員にどんどん会いに行け、と書いていて、これはいいですね。指導教員にすら会わずにドツボにはまっていく大学生がときおりいます。それが私だ。


国際交流基金『初級を教える』(国際交流基金日本語教授法シリーズ第9巻、ひつじ書房)

初級を教える (国際交流基金日本語教授法シリーズ 9)

初級を教える (国際交流基金日本語教授法シリーズ 9)

 別の版元からも同じような叢書がでていますが、私はこちらのほうが好きです。日本語を母語としない日本語教師が主な対象読者ですけど、日本語母語話者も参考にするに足る内容・水準です。まあ、ただ、初級に関して言えば、これまでに読んだ本と大差ありません。導入→文型練習→基本練習→応用練習の順に、とか、コミュニケーション能力を育てる授業設計を、とか。私が見聞きした範囲に限りますと、外国語としての日本語を教える学校の日本語教師はしばしば、①母語でその課の文型をひととおり説明→②学生に教科書の問題を解かせて終わり、でしたから、こういう人たちの手元に本書が届いて授業の改善につながるといいな、と思います。うちの学生はなぜか話せるようにならない、と相談されましても、そりゃそうでしょうよ、としか返しようがありませんから。


筒井清忠・編『新昭和史論:どうして戦争をしたのか』(ウェッジ)

新昭和史論―どうして戦争をしたのか (ウェッジ選書)

新昭和史論―どうして戦争をしたのか (ウェッジ選書)

 編者は近年この手の本を立て続けに出していますね。
解明・ 昭和史 東京裁判までの道 (朝日選書)

解明・ 昭和史 東京裁判までの道 (朝日選書)

 その中でどうしてこれを選んだのかというと、執筆者が戸部良一五百旗頭真北岡伸一山崎正和川本三郎、日暮吉延と豪華な顔ぶれだったからです。版元名を見て、たいへん失礼ながら少し危惧するところなしとしなかったのですが、「特定の制度やはたまた特定の組織の『陰謀』や『共謀』等で歴史を説明しようとするような人は、本書には一人も入っていない」(筒井、2頁)ので、安心して読めました。

 戦前の二大政党制はごく短期間に終わりました。両党とも慢性不況を克服できず、野党は与党のスキャンダルを攻撃するばかりで、政党政治に対する不信感が高まります。同時に、明治以来の国是であった親英米志向の外交方針が特権的な旧支配体制を維持するものとみなされ、攻撃される対象になります。そして、満州事変という事実上のクーデターが起こると、天皇・政党・軍部のバランスが崩れて、集権的な意思決定能力にひびが入りました。この状況で総理大臣に就任したのが重要な局面でことごとく悪手を打つ男・近衛文麿。外交安全保障を国内世論受けの印象論でしか理解していませんでした。また、当時の新聞は中間層と草の根階層が支持基盤でした。煽情主義とナショナリズムに影響されやすいこの階層に訴えるために、政府攻撃と愛国心を主題に据えて、対外強硬の姿勢をとります。

 今世紀の世界でも見たことがあるような気のする光景ですね。

 山崎正和の担当分「第5章 インテリと知識社会の変貌:アカデミズム・ジャーナリズム・ポピュリズム」は編者が大幅に改稿したものです。原テクストは「『インテリ』の盛衰:昭和の知的社会」だそうで、これ、たしか大学入試対策の現代文で問題を解いたはず。岩波文庫発刊の辞から亜インテリ(知的中間層)が学界に対抗心を燃やしていたことを明らかにするくだりはまだ覚えています。若いころの自分は現代文の評論問題や英語の長文問題に知的好奇心を刺激されていたものです。

 勝海舟は大陸の大きさをきちんと認識した発言を『氷川清話』に残しています。どうもこのあたりを理解せずに、かつ事実と願望を区別できない人が昔も今もいますよね。